川崎空港へ行け!

たまに写真の無い日記を

先日、母を見舞ってきた。
2年前に胃がんの手術をして、それはそれで大変だったのだが、術後の回復を待たずしてすぐにうつ病を併発してしまった。
50代に一度重症のうつ病で数年寝込んで以来の再発だった。(再発は甲状腺の病歴と関係するらしい。うつ病の方、これ読んで心配なされぬよう♪)
胃をとった回復にはがんばって食べねばならないのだが、うつ症状で食欲・生きる意欲ゼロ!
がんはスキルス、医者は1年以内の再発を約束してくれた。
母はやせ細って行く。、体重30kg、父が主治医となっての闘病が始まった。(ちょっとプロジェクトX風)

前回見舞ったときには、5日間いて、母の発した言葉は「ありがと・・」「もういい・・」の二言。
見た感じ完全ボケ老人で、元がはつらつとした人だっただけに胸の痛む思いだった。
父には、うつは必ず治るものだからと励ましたけれど、正直不安材料のほうが多かった。

1年経ってがんの再発は免れていたけれど、うつはますますひどく、妄想が加わった。
明け方に父を揺り起こして、
「今から川崎空港(どこや?)行かんと、Yさん(古い知り合い)の命が危ない!」
父が、こんな時間に電車も飛行機も動いとらんから無理だと説得すると、それなら川崎空港宛にウサギの絵を描いて(!)FAXを送ってくれという。父は仕方が無いので眠い目をこすってウサギの絵を描いたそうだ。
ウ~ン、わが母ながらシュール・・イカレ話好きの僕の心にグッと迫るナァ。
・・ナンテ、父も泣きたかったでしょう。

それから1年経って~最近、意識レベルが向上し、日常会話のやり取りが可能になってきた。
先日など、車椅子に乗せて釣りに(父@釣りバカ)連れて行ったらサヨリを30尾釣り上げたという。

帰る前夜、兄も来て本当に久しぶりに家族で食卓を囲んだ。
母は、椅子で介助を受けながらではあるが疲れた様子もなく、それどころか笑顔まで見せた(この2年で笑ったのが数回と聞いていた)。
僕ににもいっぱい食べろだのと指示を出してくる。
久々の”家庭のシチュエーション”が、母の役回りを思い出させたのか、父も兄も驚いていた。

僕の感じたこと。
人はシチュエーションや関係性の中で「自分」になっているのだナァということ。
僕は家族の中でいろいろに作られたり歪んだりして育ち・・生きてきたけれど、あの瞬間に晩ごはんを囲んだ4人は、やっぱり好かれ悪しかれ組み合わされたパズルのピースたちだった。
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by sakura-blend | 2005-12-19 02:50 | よしなしごと
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