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カテゴリ:よしなしごと( 127 )

新生活

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みなさま、ご無沙汰しております。
4/8より山口県・祝島での生活をはじめました。
引っ越しに際しては、本当にたくさんのかたから応援をいただきました。
心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。

PC環境もまだ整わず、(ケーブルTVの契約待ちなのです)お返事が遅れたりで申し訳ありません。

今は引っ越し荷物との格闘の日々です。 笑

これを機にブログも引っ越ししようと思います。
長い間、IN THE SOUP をごひいきいただき、本当にありがとうございました。

引っ越し先が出来ましたら、すぐにリンクを書き加えます。
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by sakura-blend | 2012-04-16 07:30 | よしなしごと

脳内仕分けと愛




仕分けについて語ろうと思う。なんてね。

いや、社会問題じゃなくてもっと個人的な話です。

僕がしている脳内の仕分けについてです。

それは、例えば写真を撮る時にときどき感じていたことでした。

写真を撮る時って、自分の好きな場所やシーンを撮りますよね。

でもその「ココ!」と思って撮るその理由にときどき自分で「なんか動機が不純な気がする…」ことがあるんです。

明確にはできないんだけど、その不純さとはもしかしたら・・・

「こんな写真撮ってスゴイでしょ?」とか
「これのよさはオレにしかわかんないサ♪」とか
「コレを見せたらアノ人に認められるんじゃないか…」とか

・・・そういうことなんじゃないかなぁと考えています。

でもそんな不純さって誰もが持ってるだろうし(エ?オレだけ?マジ? ^^;)、「だって人間だし〜」ということで仕方ないことかも知れませんよね。
やっぱり、どこかで差をつけたいというか・・・そういう思いからは自由になれない自分があります。

(悟りを開くために生きてるわけでもないんだし。)

その手の気持ちや思いってのは、かなり強く僕の人生を支配しているのかも知れないなと思うのです。

コーヒー屋なんて仕事もどっかでスゴイって言われたい願望とか潜んでそうだし、なにかで評価されないといられない不安のためにいつも言い訳を探してる気がするのです。

では、そんなキュウキュウとした気持ちはそもそもどこで生まれたんだろう?と気になります。

自分の中に「世の中には価値のあるものと価値のないものある」という観念があって、それによって常に価値の振り分けが行われてるような気がするのです。

僕のココロの中に仕分け人がいて、「ハイ、コレは価値あり!コレは価値なし!」といった具合に『脳内仕分け』がずーっと昔からされてたのではないかと。

(それが価値観というものだと云われるとまさにそうなんでしょうけど。)

それで、その仕分け人に云われるがままに、なんとか価値に当てはまるように右往左往してきたのじゃないかなと・・・

今までの人生のすべての選択がその仕分け人のもとに行われていたのだとしたら・・・ それほど恐ろしいことはないんじゃないかとギョッとします。
いったい自分の人生なのかどうかすらよくわかんない感じです。
もしくは、そんな価値判断に背を向けようとする「仕分け人との格闘」が人生だったということもあるかも知れません。(これはオレはすんごくありそうデス。 ^^)

まぁ、どっちにしても自由という言葉からはそうとう遠い感じがします。

でも、だったらどうすりゃいいのさこの私〜♪


そう、で、その仕分けはいつ始まったのかということです。


いつ仕分け人が配属されたのか?

これは親に褒められたり怒られたりした時かも知れないし、学校で先生から○とか×をもらったときかも知れないし、誰かから誰かと比べられた時かも知れない・・・ 失恋したときだったり?

その結果、「自分はダメなんだ・・・orz 」 というふうに思い込み、その価値観を内面化してしまったのでしょうか。

「恥ずかしい」という感覚を覚えたときが、その瞬間だったのも知れません。

☆そういえば、小学校の1年生くらいの記憶で、自分の思いを親に知られることに強い抵抗=恥を感じた記憶が残っています。

「世の中には『価値ある人間』と『価値のない人間』がいるのだ」と信じた瞬間に、ボクの中にカースト制が生まれ、あらゆる存在がそのピラミッドの中に位置づけられるようになったのではないかと思うのです。

そして、それ以来、なんとかそのピラミッドの高みに這い上がり、「価値ある人間」になろうとあたふたとしてたんじゃなかろうか・・・




冷静に考えれば、人にあるのは 「それぞれの運命から来る違い」 だけなはずだ。

人間という種であるという点で、平等というか、そもそもなんの違いもないタダの動物たちなのだろう。

そこに「比べる」という行為と、その違いに対して「善し悪し」や「勝ち負け」見出すという行為が重なって、「価値」という名のおおいなる幻想世界が生まれたんじゃなかろうか。

違いは確かにある。

背の高い人や鼻が曲がっている人や生殖器が大きい人や経済活動にいそしむ人やTVを見ない人や漢字をよく知ってる人やデベソの人や髪の毛がない人や目が見えない人や失業中の人や白人の人や双子の人や信仰の厚い人や昔気質の人や歌うたいの人や保守層の人や寝たきりの人やカメラを集める人やナチュラリストや早老症の人やアスペルガーの人や便秘気味の人やそば好きの人や批判的な人や足フェチの人や猫好きの人や名古屋弁の人や綾波好きの人や宇宙飛行士の人や受験生の人や無期懲役の人や孤独を愛する人や記憶力が人並みはずれてる人やレズビアンの人や埋蔵金を探し続けてる人やパテシエの人やお酒が飲めない人や体臭のある人や・・・ まぁいろいろと。

考えたら、同じ人はいないわけか〜 と上の例を書いてて今更ながらに思いました。

でもその「違い」に「価値」を見た瞬間に、僕らはエデンの園を追放されてしまったのじゃなかろうか。

ちょっと違いのあるただの同じ人間という世界から、上と下のある無限のカースト世界へ。





東日本大震災で大きな津波が何もかもを飲み込むのを見たとき、僕がなんとなく築いていたらしい世界観はたやすく流されてしまった。そんな気がした。

想定外という言葉をよく聞くようになったけれど、僕もそうだった。

まったく想定外の世界をこの目にしたのだ。

大きな悲惨な事故はどこか遠くの国で起こるような気がしてた。

アホみたいにそう思い込んでたのだ。



「世界」・・・はきっと存在しているのだろう。みんながそれぞれ認識している世界。僕が誰かと出会ったり、話したり、あるいは出会わなかったり争ったりしているこの世界。

しかし「世界観」ってどうなんだろ?

そもそも、そんなもの持ってなかったのに。

それは世界で生きるためのひとつの知恵であっても、それ以上ではないだろうに。

(〜なんてこの理屈も世界観???)





あのあと、カメラを持っていても変な感じがした。

町の何処を見ても、その風景や日常や歩いてるひとびとすべてが等しく見えるようで、なにが特別だとかどこが「ココ!」なのか、なんだかポワーンとしてしまった。

「ココ」じゃない場所ってどこ??? って具合に。

結局、素直に「いいな〜」と感じる自分の感覚をうまく感じとれないでいるのでしょう。


車の窓から街を眺めては、ボワーン感覚と前から漠然と考えていた自分の中のことがぼんやりとつながったような気がした。

そして、自分のとらわれていた差別によく似た価値観をあらためて自覚した気がした。

その差別とはほかならぬ僕自身に対して僕自身が抱いていた差別感情だったのだろう。

自分に「価値がない」と判定した瞬間に、僕は世界に対しても価値の有る無しを判定し、すべての人を裁き、その人のひとりである自らを蔑んできたのだ。

「価値がない」と信じた瞬間に終わりのない「価値を手に入れるための旅」が始まったのだろう。



やっぱ差別はいかんね。 (原発もアカンけど…)

ルワンダで起きた大虐殺の歴史の源には、植民地政策で鼻の高さで民族を分類したなんてことがあったんだってね。



この世にあるものの起源のほとんどがこの「価値をめぐる争い」の産物だったとしたなら、もうそろそろやめていいかなと思う。

やめるのが今じゃない理由もないんだし。やめるのが僕たちじゃない理由もないわけだし。



このところの僕の身の周りのもうひとつの隠しテーマである「恋愛」についても思いを巡らせている。

自分を愛することとひとを愛することは、自分もひとの一員であるという点において同義なんだろうなって。

※恋愛とは「自分がひとに愛されるんだ」ということをちゃんと受け入れる作業っていうのかな。

「自分は決して愛されない存在なのだ」ということを信じるかわりに「自分が誰かを愛するように、自分も誰かから愛されてしかるべき存在(別に特別ではない自分)であるらしいゾ!」ってことにしよう。

☆「特別」でありたいという願望が、「特別優秀」はムリっぽいから「特別ダメ」という定義付けにいたったのかもなぁ。ちょっと考えれば自分にとって自分が特別の存在であることは自明なのに。

「自分の判断はいつも必ず誤っている」という大前提が自分の中にきっとあるのだろうね。
「自分の判断はいつも必ず誤っている」というのも「自分の判断」なのにね。←コレ矛盾だね。 ^^

そうなると自己満足っていいもんだなと思う。 というかそれに尽きるんじゃないか?

世界のどこにあるのかもわからないモノサシで計るのではなく、自分の満足がゴール地点。 根拠もない。 平和でいいや。



あー また長々と書いたもんだなぁ。

まぁ、そんな自分もおもしろいナ・・・ (←自己愛の練習 ><; )

おつきあいいただいたみなさまに感謝いたします。 <(_~_)>



ということで脳内仕分けと愛についての考察でした。





☆BGMとしてフランツ・シューベルトのピアノソナタ第21番をどーぞ〜♪
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by sakura-blend | 2011-04-05 03:14 | よしなしごと

キノシタマコト 時計台ライブのお知らせ

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岩田珈琲店公認(?)ギタリストである、キノシタマコトさんのライブが札幌時計台のホールで開催されます。

時計台の2Fがコンサートホールになっているの知ってましたか?

ちょっと礼拝堂みたいな木造の趣きある会場です。

僕がキノシタマコトさんの生の音をはじめて体験したのが、3年前の時計台でのライブ演奏でした。

アコースティック・ギターの音色を聴くには本当にピッタリの場所だと思いますよ。

そして、なんと今回は入場無料(!)なのだそうです。

(東日本大震災救援に募金しまくったり、自粛による経済停滞を心配して派手に出費&散財してしまってお小遣いがヤバくなりかけてても大丈夫〜! ^^)

ここのところ毎日のようにつらい情報に触れておつかれ気味の心にもやさしいギターの音色はリフレッシュ効果ありですよ。

お仕事帰りにぜひ時計台に立ち寄って、ギターの調べをじっくりご堪能ください。

詳しくはこちら・・・



○2011年4月6日(水) 「3rdアルバム発売記念スペシャルライブ in 札幌時計台」
日付 2011年4月6日(水)
場所 札幌時計台2F
開場 PM6:30  開演 PM7:00
入場料 無料

人数に制限(定員150名)がありますので、
人数確認のため、下記までご連絡をお願いいたします。

お問い合わせ・ご予約 
 電話 090-6266-0844(スナフキンズ・キャッツ・クラブ)
 メール kino_mako@hotmail.co.jp
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by sakura-blend | 2011-04-04 19:23 | よしなしごと

アトム・ハート・ファーザー


どうしても苦手なモノってのが誰しもあると思う。

モノにかぎらない。人とかできごとであるかも知れない。

ミミズだけはいやとか、こういうことをするヤツだけは断じて許せないいぃぃ〜とか、戦争が怖くて怖くてしょうがないとか、数字が大嫌いとか、◯◯という組織を目の敵にしているとか、あいつだけは死んでも許さんとか、まんぢゅうだけはどうしてもダメ(爆)だとか。


僕は自分に自信のないせいか、許せない人というのはそんなにないのだが(温厚とか思われることすらある 笑)、何かこれだけはダメだ!というものはないかと聞かれると、・・・実は放射性物質がどうにも苦手なのだ。

もちろん放射性物質が得意な人はいないだろう。あたりまえだ。
体によくないし、この一週間で評判はすこぶる悪い。

しかし、よくよく考えてみれば、放射性物質以外にも危険な物質はたくさんあるし、人間の生活を侵すものはほかにもいくらでもあるはずだ。
オレオレ詐欺だって、スピード違反だって、アルコール依存だって、人種差別だってそれぞれに私たちの人生に悪さをしてくるではないか。
そもそも発がん物質なんて星の数ほどあって、放射性物質が特段に危険であるという理屈はいまひとつ信憑性に乏しいのではないか。
もっといえば、人が病に至る理由は物質のせいばかりではない。

事実や正しさはどこかにあるのかも知れないけれど、その前に、自分が「そう」考えるのはなぜなんだろうということがボクの中で膨らんできたのです。

なんでオレはこうも放射性物質が嫌なんだろう? ボクはこの一週間ひとりの時間にこのことを考え続けてきたように思う。

津波による信じられないような被害や避難所での困難を伝えるニュースにこころを痛めながらも、ボクの精神をひどく揺さぶっているのは福島の原発の危機的状況なのだ。
すでに多くが亡くなり、今も生命の危機にさらされている避難民のことがもっと気になってよい筈なのに。


僕の放射性物質嫌悪は、若い頃にハマった農薬/添加物嫌悪に端を発している。 
いわゆる自然食主義系のたどる思想をみごとになぞってきたのである。

学生時代には自炊生活の中で農薬/添加物の排除に徹底し、チェルノブイリ事故以降、北海道に原子力発電所が建設されるに当たっては反原発の旗を振り、そのはずみで大学を中退し、その後は自然食品店や環境雑貨店で働いたりしながらすごしていた。

(※おかげでこの一週間はボクには責め苦だった。地震と津波の惨状に呆然としていたら、福島のニュース。なまじ知識があるだけに毎日のニュースは悪夢のように映った。悪い予想が次々に現実になって行く。眠れないし、食欲まで落ちて、罰ゲームを受けてるような感覚だった。今も続いてるわけだが…)


ひとことでいえば、反汚染物質ライフを送ってほぼ20代を過ごした気がする。


こう書いてしまうとなんともカッコ悪いような恥ずかしいようなトホホ…な感じもするが、まあ事実だからしかたない。




今も自分でやってるコーヒー店のショーケースには有機栽培の豆が多く並んでいるし、店で使う食材にも無添加/無農薬/道産/手作り系のものが多い。

☆ただ、こうしたオーガニック方面に僕の稚拙な文面が迷惑をかけてもいけないので書き添えると、誠実な食材にはやはりよさがあると思う。食べたり飲んだりした時に理屈抜きの満足感が得られる。それはきっと生物としての本能的な感覚だと思う。


話はちょっと変わるが、僕の妻は若かりし日、かなり重症の潔癖性に悩まされていたらしい。
バイ菌がダメなアレだ。
お決まりの手洗い〜アルコール除菌スプレー(お金等の消毒)〜着替え&洗濯などのコースを辿ったそうだ。
おもしろいことにこの強迫観念は時によって、ガスの元栓確認や時間や数字への執着などにも形を変えながら妻を苦しめたそうだ。
生活をともにしていると、今でも端々に彼女の強迫行動の片鱗が見て取れておもしろい。


そんなわかりやすく、非科学的な論理にふりまわされた妻の思い出話を聞きながら、ふと我が身に目を戻すと、そこには「科学的な論理に基づいた上でふりまわされているオレ」の姿があった。

人の振り見て・・・とはこのことだ。

男は論理に強い。しかしそれは論理への弱さと同義なのだ。

論理に立脚した強迫性障害。 ボクの行動原理はコレかも知れない。

農薬は体によくない。放射性物質も。これはほんとうにそうだと思う。そしてほとんど事実だろう。

しかし、無農薬野菜や無添加食品に強く指向する人間に共通する「ヤバさ」みたいなものをみなさんも感じられたことがあるだろう。
ボクは自分がそうだったから(いまもかなりそうだが)よくわかる。
かつて「アノ人ちょっとやばい・・・>д<」という目で見られた経験もあるし・・・ ^^

なぜその指向がヤバい感じがするのか? それはきっと「怒り」に似ているからじゃないだろうか。
もしくは、そこに選民思想にも似た排他性を感じとるからかも知れない。


「食品は食品であることには違いないが、ときに食品ではない。」

禅問答ではないが、宗教と食品の関係を思い起こせばわかっていただけるだろう。
いろいろな宗教が特定の食品を禁止・制限したり、食事の摂り方にルールをもうけたりしている。
食べたものはその人の体になることから、その人のありように関わる、そういった感覚が宗教には強くあるのだろう。
このへんのことは、きっと誰かがうまく詳しく研究してるだろう。

「食品や空気や水を目に見えない物質で汚染される」という事象は、われわれ誰しもに嫌な感じを与える。
これは正しい反応だ。
生命体としてまっとうなことだろう。

だがそこに非常に強く反応し、ふつう(平均)以上の執着を示す場合、そこにはやはり個人のバイアス(偏重)が関係している。

そのバイアスとはなにか?

ボクが個人の経験則で偏見に基づいて云えば、そこには「家族関係」の問題が絡んでいることが多いと思う。

なんで食の問題に家族が出てくるの??? 

それは食と愛がメタファーの世界で同義だからだ。

異論もありましょうが、ひとりごとだと思って許してください。 <(_~_)>

簡単な説明例として「摂食障害」を挙げる非も許して欲しい。

体の栄養=「食」と心の栄養=「愛」。

愛(精神的充足)の不足を量的に食で補うと過食が起こる。(反転すると食べられなくなる。)

そして、それを質的に解決しようとする試みが自然食(汚れなき愛)なのではないだろうか。

過食や拒食は不健全に結びつきやすく、どこかで破綻して解決に向かう傾向にあるが、自然食の場合は体は健全な方向に向かうのでそのぶん問題点自体は見過ごされがちだ。

食はいわば思想と不可分、もしくはそのものですらあるのじゃないかと思う。

食になどいっさい興味がない…というのも反転した同義だろう。
美食というのもその一分野だろう。(『美味しんぼ』でもまさにそのことが描かれていたと思う。)


(う〜ん、なんか言い過ぎてる気がするなぁ。 まいいや。 ここんとこ辛いし。 自分に許す。)


人は世界の中でメタファーを通じて生きて行くものなのかも知れない。

汚染に反応する人間が騒ぎ立てて、世界の破綻を防ぐ。そんなものなのかな〜とも思う。

僕たちはこの世界という場所にそういった「考え」を持ち寄り、ぶつけあっているのか…も知れない。

あるものは経済を語り、あるものは哲学を追究し、あるものは原発を作り、あるものは声高に危険を叫ぶ。

人間の社会とは、そういうものなのかも知れない。

でもボクはこの一週間、「そういうもの」の先に行きたい気がし始めている。

正しいかどうかはもういい。

誰かを非難することが目的ではない。

起きたことは受け入れ、最善を為そう。




※ちなみにバイアスたっぷりのボクとしては、放射性物質は「とにかくできうるかぎり避ける」のが吉だと思います。安全論を信じたい気持ちが働いて仕方ないけれど、やはり慎重になる必要があります。安全論の論調にはかつて語られてきた「日本の原発は大丈夫」ということばと同じ響きがあるように思えてしかたありません。
とりあえず、あらゆる方法で汚染から遠ざかるべきです。
(ボクのことばが間違いであることを祈ります。なんだやっぱりなんともないじゃねぇか〜!と罵られる日が一日も早く来るのを望みます。)
特に子供は被爆への感受性は大人よりはるかに敏感です。彼らは僕たち大人より何倍も原子炉に近いのです。そして彼らにはまだ選ぶための知識も判断力も権限もありません。
大人は子供の何倍も強いけれど、やはり統計学的に考えると確実によくない影響があります。

※忘れてはならないのは、どんな影響があったとしてもその因果関係は証明することなどまず出来ないということです。わたしたちは確率論的に生きているわけではありません。何万分の一だけガンになるのではないのです。その確立に当たった人はひとりで病み、苦しむでしょう。

「自分のことを大切に考えることを避けようとする考え方」も避けた方がよいと思うのです。

誰もが大切であり、そのひとりである自分も大切です。



〜うーん、なんか読み返してもやはり元反原発バイアスを我ながら感じる論調だ。
ニュースの安全論と適当にブレンドすると、よい着地点に行くのではないかと思います。
ブレンド用の素材としてご利用いただければと。

もひとつ。

消費者・生産者、どちらにとってもつらい時間がこれからはじまります。
食品の汚染はこれから始まり、明らかになってくるでしょう。
きっと認識・考えかたの相違も出てきます。
不安から言い争いも起こるかも知れません。

そして、こういったことを日々考えることはあまりにつらく、考えたくなくなります。

思い悩むこと自体、被曝並みにからだにもよくないことですしね。

そして、考えないためにどこかであきらめや耳をふさぐことに頼りたくなります。

でも、大切な部分を見据えて先に向かえたらと思うのです。


自分の直面していることは乗り越えられることだ、自分のなすことは目に見えなくとも確実に効果をあげて行くのだということを忘れないでいきましょう。





さて、この文章の論旨はほんとうは原発や放射性物質のことではないということはおわかりいただけたでしょうか?


ボク自身の理解がまだ固まっていないのでどうも…なんですが

強いて言えば「その先にすすもう」なのかな。


あまり元気の出ること言えなくてすみません。


こんな文面でも、もしかしたらなにかしらの一助となるかも知れないと思いあがり、書き連ねました。 

(いや自分のためかな?)
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by sakura-blend | 2011-03-20 02:13 | よしなしごと

感情

胸が苦しい時、心では感情が出られなくなってしまっているらしい。

その思いは悲しみかも知れないし、怖れかも知れない。
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by sakura-blend | 2011-03-16 04:09 | よしなしごと

ゆく年くる年

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新年あけましておめでとうございます。

旧年中は当ブログにお越しいただき、本当にありがとうございました。

どうか本年もまたよろしくおねがいします。 ^^

あまり更新しないうちに2011年がやって来てしまいました。


2010年をふりかえり、ボク的重大ニュースをつらつらと思い返してみました。


・カメ失踪!
  カメが公園で行方不明に・・・ 息子たちがカメを連れて公園に。目を離した隙にカメ逃走。夕暮れまで探すが見つからず。翌日、小学校から電話が。「カメがいなくなった〜!」という息子2号(2年生)の証言と、「朝、ゴミ出しの途中にお母さんが道行く大きなカメを見つけ保護した」という某3年生(家が公園のすぐ近く)の証言が、職員室での先生同士の会話からつながり、我家に連絡が。すでに交番にわたされ、警察署に移送されていたカメを迎えに行き、無事カメ帰還。

・運動会で息子1号2号が見せた!
  息子1号が脱・最下位を目指し(4年連続のラスト・ゴールインも素敵だったけれど)、それを実現させたのに感動。(ランドセルにコロコロコミックを詰めて町内を走る特訓〜その笑える過程も実にグッジョブだった。)一方でリレーを目指した息子2号の俊足ぶりにも目をむいた。(我が子とは思えん走りだった。)とかくつまらない小学校の運動会で感動できるとは。
☆自分が「達成感」というものといかに無縁に生きて来たかもあらためて実感した次第。「達成感」もいいもんだナ…と思った44才の春。

・銀幕デビュー!
  仲間と作った映画『カモメ』(監督:杉田協士)が札幌国際短編映画祭で招待上映。シアターキノのスクリーンで自分の関わった映画を観る日が来るなんて。そしてあらためて作品としての素晴らしさも感じられたのだった。

・ゆく猫、来るハム 
  キタロー(猫)死亡!突然のことにびっくり。そのあっさりした死に様もキタローらしかったと言えようか。さらば&ありがとう、キタロー!
  そして、ハムスター時代来たる。キビ&パル、2匹のジャンガリアン・ハムスターが家族に加わった。

・ついにGet !
  「アオイガイ漂着の記事がアップされている」とTさんから連絡が入り、その日の夜にTさんともども銭函ドリーム・ビーチに急行した。懐中電灯を手に浜辺をさまよう謎の集団。そしてついに・・・ 念願のアオイガイGetは嬉しかったー! (考えたらコレも達成感といえるか。実は裏テーマはそれだった?)

 ※しかし、なんか動物ネタ多いなぁ…


大切な友人が亡くなったり、ここには書き切れないできごともいろいろあったけれど・・・ 

やっぱり生きててよかったと思える一年だったと感じています。

そしてきっと、ネタ的にはどってことのない日常こそが重大なんでしょうね。

(そういや、昨日子供と観に行った『シュレック・フォーエバー』もそんな映画だったな。)


2011年も何があるのか、ドキドキ/ワクワク/ニコニコな一年になれば〜♪と念じてます。



☆ちなみに上の写真は、海底で発光するアオイガイの姿を決死の覚悟で撮影・・・したわけではなく、ariariさんからいただいた電子ローソクでアオイガイ雪灯りをやってみたのでした。この電子ローソクが明かりがゆらゆら揺らめくようになっててなかなかムーディーなのです。
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by sakura-blend | 2011-01-01 04:41 | よしなしごと

Noël !

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早いですねー さすが12月。

年賀状はもちろん用意してません。

クリスマスですね。

X'masカード代わりってことで… ウチの豆小僧からご挨拶♪ ^^

みなさま よき聖夜を


                ☆イラスト @ Miki(加工 @ sakura-blend)
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by sakura-blend | 2010-12-25 04:56 | よしなしごと

キタロー

猫のキタローが昇天した。


15年ほど前、僕らは円山公園のほとりにある古い木造アパートに住んでいた。
現在の妻Mikiとであるが、当時はまだ結婚はしていなかった。
僕らはそこでアパートの管理人をこなしながらコーヒー豆の焙煎と他のアルバイトなどで生計を立てていた。
僕は当時後ろ向きと言うか、やっと斜め横向きくらいな感じに生きていて、その日暮らし・・・ ま、今も大差ないけれど、とてもいい加減な毎日であった。
社会生活をしている引きこもりと言ったような感じか。
たいして管理しない管理人としてのうのうと円山公園を散歩したりしていた。


あるとき、同じアパートにMikiの従弟のマサルが越して来た。
マサルはひとめ見て怖いお兄さん風であったが、どういう次第でかは忘れたが、猫を一匹飼っていた。
ウランと言う名で、シャム系の美猫♀であった。
その頃、我が家にはネルと言う傷だらけのとても汚い♂黒猫がいて、ときどきウランに言い寄ったがあまり相手にされないようだった。
ネルは病気があったので、その後早くに死んでしまった。
猫エイズか何かだったのだろう。
円山公園の一画に内緒で埋葬した。
冬だったので雪を掘るのが大変だった。
友人が穴掘りを手伝ってくれた。
ところが、翌日墓参りに行くと埋めたところを何者かが掘り返そうとした形跡があった。
円山公園にはキツネが住んでいるのだ。
冬場の餌不足で腹を減らしているのか、臭いを嗅ぎ付けたのだろう。
しかし、地面に埋めてさらに雪をかけたというのによくわかるものだ。
キツネがくネルの遺体をわえて走っても困るので、コンクリートの敷石でガードしたのを憶えている。

そのあとまもなくうちにはサビという黒猫二代目(♂去勢済)がやって来た。
獣医で里親募集されていた若猫だった。

(ちなみにサビは昨年17歳で死んだ。庭の隅に埋まっている。)


マサルのところにどうした次第か、新たにペルシャ系雑種の子猫がやって来た。
ふわふわのツートンカラー。
ライガーという名前が付けられた。
ウランはよくライガーの面倒をみていたようだった。
ライガーはすくすくと成長した。
ライガーはオスなので、ほっといたらそのうち子供が出来ちまうぞとマサルに警告していたのだが、やっぱり出来た。
詳しくは忘れたが父親似の♀猫が生まれた。
猫のことだから他にも生まれた筈だが、死んだのだったかどうだったか。
とにかくマサルのところの猫は3匹家族になった。
ライガーを去勢しないとまた子供出来るぞとマサルに言っていたのだが、対処はなされず、しばらくしたらまた妊娠したのであった。
アパートは6畳一間である。
6畳の猫屋敷はちょっとまずい。
管理人としてもまずい。
マサルは肉体労働者で朝早く、夜も遅い。
猫たちがにゃーにゃー云ってるので、カギを開けて部屋の様子を見てみると、餌が空っぽだったりで、しかたなく押し入れに並んでいる缶詰をやったりすることもあった。


そんなある日マサルがうちのドアをノックした。
仕事から戻ったら、子猫が生まれていたのだが、母猫のウランの様子がよくないという。
出産の際に子宮脱になって、発見も遅かったためもはや息絶え絶えなのであった。
マサルはいそいで獣医に連れて行ったが、ウランは死んでしまった。

残ったのは生まれたての子猫が4匹(♂×2 ♀×2)である。
学生時代に乳飲み子猫を育てた経験があったので、うちで預かることにした。
マサルには手に負えそうになかったし。
まだ目も開いていないし、初乳だって飲めていなかろう。
ダメもとで猫ミルクと哺乳瓶を買って来た。

Mikiとふたりで子猫育てが始まった。
サビが何事かと気にするので別室で世話することにした。
管理人には2部屋が優遇されていたのだが、Mikiがもう一室を自分用に借りていたのだ。
子猫たちをずっと見てもいられないので、段ボールに湯たんぽで保温するようにしておいて、一日に数回ミルクをやることにした。
お湯で粉ミルクを溶き、哺乳瓶で乳を与える。
子猫はまだ手のひらサイズ。
左手で子猫を持って、右手で哺乳瓶を持ってミルクをやるとちゅっちゅっちゅ・・・といきおいよく吸い付いてくる。
右手の瓶の中のミルクが左手の子猫のお腹に移動して行くのが手応えでわかっておもしろい。
お腹の容量が満たされるとスイッチが切れるようにおとなしくなって、乳首を離す。
生まれたての子猫は、おしっこも自分で出来ないのでティッシュでちょいちょいと刺激してやらねばならない。
みゃーみゃー鳴いている子猫4匹に「ホイ、次!ホイ、次!」という要領で、ミルクをやっておしっこをさせて・・・
子猫たちは飲んだミルクのぶんだけ大きくなって行った。

ところがある日、一匹の子猫♂に異変が見て取れた。
まだ開いていない片方の目が腫れ上がっているのだ。
先天的なものなのかよくわからないが、元気はいいので様子を見ることにした。

ミルク&おしっこタイムにどれの世話が終わったかわかるように一匹ずつに便宜上の名前を付けた。
デカイのがデカとかグレムリンっぽいのがギズモとか。
目の腫れたのはゲゲゲの鬼太郎に似ているのでキタローと呼んだ。

どいつも元気だったが、キタローの目の腫れが日に日に大きくなって来た。
これはまずいと思って獣医を訪ねるとどうも片目が炎症を起こしてダメかも知れないと言う。
とりあえず消炎剤を塗ってみようということになった。
数日後に腫れていた目がプチッとはじけてつぶれてしまった。
ふたたび来診すると、命には別状ないがもう目はダメだということだった。
そりゃそうだろう。
目が先天的な問題だとすると他にもどこか悪いところがあるかも知れないとも言われた。
あららかわいそうにキタローはアウトかもなとふたりで話し合った。

しかし、その後はなにごともなく4匹は成長し、目も開いたのだった。
キタローも残った右の目は無事ぱっちりと開いたのだった。

離乳食を食べ始めるようになったので、新聞の犬猫コーナーに応募することにした。

「かわいいトラ猫さしあげます。トイレのしつけ済み」

順調に電話がかかり、飼い主が決まって行った。
キタロー以外の3匹は市内の新しい飼い主のところにそれぞれ貰われて行った。
実はキタローにも貰い手は付きかけたのだが、なんとなくこいつは残そうかということになったのである。
片目になってしまって不憫に感じたと言うのもあるが、せっかくだから一匹は手元に置きたい気持ちもあった。サビの友達にもなるだろうし。
片目であることもすぐに当たり前になってしまって、意識すらしなくなった。
こういった障害というものは、慣れるとまったくなんとも思わなくなるものだということをこの時学んだ。

しばらくして、サビにキタローが紹介されて、我が家の猫二匹体制が始まった。

キタローは父親のライガーの気性を継いだのか、のんびりとした性格の猫となった。
サビの方は、新参者のキタローに対してはアニキ肌を見せた。
のちにキタローの方がずっと図体が大きくなるのだが、この兄弟関係はずっと変わらなかった。

キタローは片目なのでやはり距離感がつかめないらしく、高いところへのジャンプとかが苦手であった。
サビがひょいと飛び移るような棚の上でも、キタローはもじもじするばかりで飛べないのだった。
それから、水を飲む際に水面に鼻をつけてしまってよくむせていた。
それと関係あるのか水を飲む前にトイレの砂をかくような行動をとる癖がついた。
この癖も終世変わらず、死の数日前に最後に自力で水を飲んだ時もこの作法だけは守っていた。


いちど、キタローがキレたことがあった。

僕らは円山公園のアパートから、眺めのよい高台にあるちいさな貸家に越していた。
近所に黒猫が住んでいた。
この黒猫が隣接する大家さんの庭を通過するのである。
うちの猫たちはサビがいちど外でひどいケガを負って戻って以来、外出させないようにしていた。
サビとキタローは二匹で並んでベランダの窓に座り、外猫を警戒していた。

それがあるとき、またいつもの黒猫が外を通った際に、キタローが凄い声を上げてサビにおどりかかったのである。
全身の毛を逆立てて狂ったような声を出しながら襲いかかるキタロー。びっくりして取り押さえようとしたら、完全にブチ切れてて危険で近寄れない。
座布団を投げ、段ボール箱で取り押さえてとりあえず別室に隔離した。

どうやら状況から言って、外を通っていた黒猫が視界から消えた瞬間、となりにいるサビを侵入者と誤認したもののようだった。
これも片目ゆえの誤判断か。
サビの方はいい迷惑である。
突然となりにいた仲間が「殺したろか、ワレ〜!!!」みたいな感じで飛びかかってくるのだ。
いざとなると体もデカイからキタローのパワーは暴走するエヴァンゲリオンのようである。
ちょうど成猫になりかかって、♂の闘争本能も芽生えて来たようだった。
このままでは平和が保たれないと思い、キタローも玉を取ることとなった。
キタローはどういうわけかマーキング行動(おしっこかけ)がなかったので、去勢しないでもよいかと思っていたのだが・・・

玉をなくしたキタローは、ひとつきりの目をまんまるくしてもとの呑気猫にもどった。

僕はこのとき、いかに♂と言う生きものが、[玉玉]に支配されているのかということに感じ入った。
「去勢」とは言ったものだ。

そういえば、興味深いできごとが一件あった。
今の場所に移ってからの話だが、お店のお客さんで、猫の絵を描くのが好きな女性がいた。
自作イラストの猫ポストカードをうちの店に置くことになり、サビとキタローの絵も描いてくれると言う話になった。
写真を見て描くと言うことなので、猫たちの写真を何枚か渡した。
可愛らしい感じの2匹のツーショットや一匹ずつのポストカードができあがった。
その中で一枚、キタローの絵にサービス(?)でなくなった左目を書き添えてくれたのである。
どれ、両目のあるキタローはどんなだろうと興味津々で見たところ・・・ なんだか変なのである。
見慣れないからと言うのもあるが、それとは別になんだかデッサンがおかしい感じなのだ。
作者によれば、片目の絵にバランスをとって対称の目を描いたと言うことだった。
しばらく眺めていて気付いた。
どうやら目が大き過ぎるのである。
彼女のデッサンミスではなく、キタローの目が事実デカイということなのだ。
やはり、ひとつでふたつ分の働きをするために右目はがんばったのだ。
通常よりワンサイズ大きくなることで、失われた機能をカバーしていたのに違いない。
それをそのままふたつにしたのでは、妙にグリグリと目の大きな顔になってしまうわけだ。
このことはのちにデジタル写真を加工してキタロー両目バージョンを作ってみて再検証された。
体ってのはおもしろいものだ。


その後、現在の家に越してから猫的には安定した時代が続くが、サビが13、4才を過ぎるあたりから冬場に体調を崩すようになった。
毎冬、寒さがいちばん厳しくなる頃に鼻水を垂らすようになり、それが徐々に悪化し、だんだん餌を食べなくなって衰弱、獣医の世話になるというパターンになった。
この持病は年々重症化し、昨年の初冬にとうとう力尽きてしまった。享年、17歳。
キタローとしてははじめて、猫一匹時代となった。

そうなってみると、キタローはどう感じたものなのか、行動に少し変化が見られるようになった。

たとえば、以前は僕の布団の横に潜り込んでくるのはいつもサビで、キタローはまったく寄り付くことがなかった。
キタローはサビに比べて太っているし毛もふかふかしているので、寒さに強いのだと思っていた。
いつもソファでひとりで寝ているのが常だった。
ところがサビがいなくなってから、僕のふとんに潜り込んでくるようになったのである。

考えれば、サビが来ると席を譲るようなところがキタローにはあった。

本当はキタローもみんなといっしょに布団で寝たかったのだろう。
サビもキタローが見ている時にはそうでもないのに、一匹だけの時に抱いてやるといやにゴロゴロと喉を鳴らすことがあった。
そんなところにキタローがやって来ると如実に腹を立てたような動きを見せた。
やはりお互いに強く意識していたのだろう。仲よかったとはいえ…
動物の心理も人と変わらないのかも知れない。

また、キタローは実に警戒心が強いと言うか臆病で、下の店に出て来ることなどほとんどなかったのが、サビがいなくなってから次第に大胆に行動を広げるようになった。
(サビがいなくなったことで、ひとりの淋しさも手伝ったのかも知れないが。)
ある意味、以前より自立した性格にシフトしたように僕らの目には映ったのだ。
好物の煮干しをよこせと言った要求も以前より積極的になった気がした。
いずれにしても、始めてひとりっこになったキタローは新しい側面を見せ始めたのである。
自信を持ったというか〜 そうした変化を僕はMikiや子供たちとも話し合った。
動物もやはり関係性の中で生きていているということなのだろう。

そんな矢先、突然に体調を崩したのが一週間ほど前だった。
奥の部屋に閉じこもってまる一日動こうとせず、すこし足元がよろ付く感じがあった。
ちょうど異常なほどの暑さの日だったので熱中症を疑い、店に置いてある小型のエアコンを急遽二階に持って来た。
脱水もありそうなので、獣医に連れて行った。
連れて行きながら、キタローにとってあの目の時を除けばはじめての通院だと気が付いた。
キタローはおよそ調子を崩すということがなかったのだ。

獣医で腎不全ということばを聞かさた。
とりあえず様子を見る意味で補液注射を受け、家に戻った。
キタローは横になって寝て、およそ食欲もないといったようすだ。

腎不全について検索したところ、「多飲多尿」とう記述に思い当たる点があった。

昨年サビがいなくなって気付いたのだが、猫トイレの砂の使用量がほとんど変わらないのである。
一匹になったのに変わらないということは、ほとんどの尿がキタローのものだということになる。
ひとりでやっとったんかい!どんだけオシッコしとんねん!と、その時はキタローの大食漢ぶりにあきれた気持ちだったのだが。

医学的には、腎機能が低下するに連れて、水を多飲して体内の老廃物を出すという傾向が高まるらしい。
腎不全は猫には多い疾患だが、腎機能が決定的に失われるまでは、多飲多尿によって体内環境をキープすると言うことだった。
よって、症状が悪化して体調が悪くなった時には、すでにどうしようもないほどの状態であることが少なくないのだという。
キタローの場合がまさにこれであった。

あらためて血液検査を行うと、血中の窒素成分(アンモニア)が測定限界を超える数値を示した。

年齢から言っても治療は期待できないと担当してくれた若い女性の獣医さんは述べた。
もしあなたが飼い主だったらどうなさいますかと僕が質問すると、うちに連れて帰るでしょうとの返事だった。
もうすこし若ければともかく、おそらくは苦しむ時間をすこし長引かせることになるだけだろうと。
誠実な対応に感謝し、治療は中止してキタローを連れ帰った。
Mikiと子供たちに容態のことを話すと、皆おどろいた。
暑さでバテタくらいに思っていたのだから、あと数日かも知れないと聞いてもピンと来ないのはしかたがない。
キタローはぐってりと終日床に横になって、ときたま力なく立ち上がってふらふらと水のところに行くが、ほとんど舐める程度となった。
スポイトでムリにでも飲ませようとすると頑として嫌がるのだった。
尿もまったく出なくなっていた。
そんな日が3日ばかり続いて、徐々にキタローは衰弱して行った。
ロウソクが次第に短くなって、もはや燃えるべきロウも尽き、たよりなく命の火がゆらゆらとしているようなそんな状態だった。
もう行ってしまったかとはっとして見ると、思い出したように息をするのだった。

夜、キタローを抱いて運び、布団のいつももぐり込んで来るあたりのポジションに寝かせた。
僕はなんだか落ち着かず、となりの部屋でビールを飲んだり、不調のあるカメラの整備をしたりして夜更かししていた。
明け方になって、一家で雑魚寝している寝室に向かった。
いつも寝相が悪くて足元の方に移動していたりする上の息子も、今夜はキタローを気遣うのか定位置から動いていなかった。
僕もキタローの負担にならないように、空いたスペースに体をよじるように横になった。
なんだかパズルのようだった。

はっと気付かされる。
僕らはまさにパズルなのだ。
あれこれと関係し合いながら、時にここちよく時にややこしくひとつの箱の中におさまっている。
そこに紛れている動物もやはりちいさな1ピースに違いないのだ。
キタローがいなくなったら、この1ピース分のスペースをやはり何かが埋めるのだろう埋めなくてはならないのだろうと思った。
それは具体的にはなんなのだろうか。
新しく飼われる動物なのかも知れない。
もしくはそのスペース分を埋めるように各自が少しずつ形を変えるのかも知れない。
そんなことを思いながら眠りに落ちた。
キタローは静かに微かに息をしているらしかった。


翌朝、キタローは布団の上で苦しそうに喘ぐようになり、何度か軽いけいれんを起こしたあと、いつしか呼吸をやめてしまった。

Mikiは下の花壇からチョコレート色のひまわりの花を切って来て、キタローの体に添えた。
下の息子は、ずっとかたくなにマンガに目を落としていた。

家族に見守られての自宅での最期、自分もこんな風に死を迎えたいもんだなと思った。
先日ネット上で読んだアニメの今敏監督の文章のことを思い出した。

キタローが旅立ったのは午前10時であった。

夕方には庭のサビを埋めたとなりにみんなで穴を掘って埋葬した。

近所の息子たちの友達も穴掘りを手伝ってくれた。

ひまわりの花びらと好物の煮干しがいっしょに入れられた。

生前、キタローは煮干しをいちどにたくさんやると必ず吐いてしまうので、一回につき小さめの煮干しを一匹だけと決められていたのだが、今日は大きめのを家族みんなから一匹ずつ、計4匹もらえたのであった。
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by sakura-blend | 2010-09-05 01:43 | よしなしごと

秘境

きょうは、写真方面のおともだちのこんさんマッキナてんちょといっしょに小樽の秘境「穴滝」に行ってきました。
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「穴滝」は、滝の裏〜側面が大きな洞穴状になっていて、流れ落ちる滝の裏側に立って、さながら忍者の秘密基地?気分を味わえるという珍しいスポットなのです。
小樽の奥沢水源地から1時間ほど林道を歩いたところにあります。
こんさんの運転&緻密な事前調査で、ボクとてんちょはまかせっきりの呑気な同行者として参加です。

水源地から両脇にイタドリ生い茂る細い道を車で分け入り、営林署のゲートまで進みます。

途中の看板には「近隣で数日前にヒグマ目撃情報あり」という北海道らしいオマケ付きで、探検気分が高まります。 ^^ ;
前日の連絡で、こんさんはしっかりと熊よけの鈴を用意するという徹底ぶりだったで、ボクも急いで店のドアにぶら下げていた鈴を外して持参していたのでした。 笑
森の熊さんは、こちらから存在をアピールしておけば、おおかたあちらでブッキングを避けてくれるそうです。

虫除けスプレーをシュッして出発。
お天気はまぁまぁのくもり空。雨の予報もあったので、まずはよかったなと。暑過ぎもしないし。
しかし、水曜はいっつも天気悪いなぁ〜

こんさんはトレッキングシューズ、てんちょはスニーカー、ボクは長靴〜と、3人3様。
こんさんはデジイチ×2&三脚&交換レンズ多数の撮影魂スタイル。てんちょはフィルムEOS、ボクは先日お客さんからいただいたKYOCERAのなつかし系AF一眼('80年代)・・・と、こちらも3人3様。 ^^

ゆるい登りの林道を歩いていたら後ろから車が来て追い抜いて行く。営林署の車?

気温はさして高くないけれど、やはり歩いていると汗ばんで来る。
オレふだん全然歩いてないからなぁ〜

熊鈴がチリーンチリーン♪となんだか巡礼気分である。
道端のオオイタドリの葉っぱの上にはカタツムリが多数。
頭上からは野鳥のさえずり。
足下には・・・
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おぉ、マイマイカブリだ〜! 
カタツムリと格闘中・・・というかお食事中です。
ホントにマイマイかぶってるとこはじめて見た♪

途中、せせらぎが聴こえると思ったら、目的地の滝からの流れだろう渓流が道と交差する。
こんさん、さっそくスタンバイして撮影に入ります。伸びる如意棒、じゃなくて三脚。
浅瀬に三脚をセッティングして長時間露光。
さすが堂に入ってる!
BLOGの美しい作品はこうして生まれるのですねー!
その姿を撮影してるボク。
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プライバシー保護のためにメガネをサングラスに加工しておきました。 笑

せっかくなので、ボクもそれっぽいのを一枚。
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使用フィルム : FUJI ベルビア50 …って嘘 〜♪ Venus 400 をベルビアっぽく彩度高めに加工してみました。 笑

さらに歩を進めることしばらく、まだかなーと思っていたら「穴滝→」の立札、ここから細道に入ることになります。
ようやく道も登山道っぽくなって、気分も出ます。
ところどころにぬかるみがあり、長靴のボクはちょっと余裕な感じをかまして油断して転びそうになります。

倒木をまたいだり、流れを越えたり、プチ・ファイト一発な感じで15分ほども行くと穴滝の洞窟が見えてきました。
おぉ〜!アレかぁ〜

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穴です!
なるほど、たしかに洞窟だ!これは秘境スポットですね!
滝の落差は3メートルくらいと小規模ですが、その横に巨大な岩盤がせり出して大きな洞穴を作っています。
遠足に来れば、ひとクラス余裕でお弁当食べれる広さと云いましょうか。
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おれ、家出したらココに住むわとてんちょ。

洞窟の中はひんやりして、気持ちよいです。
荷物をおろして飲むお茶がうまい。

奥に進むと流れ落ちる滝の裏側に入ることが出来ます。
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おぉ、これは人生初体験〜!
やっぱり忍者のアジトみたいだ。(『NARUTO』を思い出すオレです。)
手を伸ばすと落ちて来る水がびちびちと手のひらに当たってこれまた気持ちよい。
滝に打たれてみるにはこれは絶好のスポットだ。 笑


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写真に賭ける男たち!(渋いぜ、アラフォー父さんズ!)

こんさんの渾身の一枚はこちら

ボクの渾身の写真はというと〜

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キノコに苔にシダ・・・ そのココロは陰湿??? 爆!

ま、そんなこんなで楽しい秘境探訪でしたー ^^

次はどこの秘境行こうか〜

帰りに南小樽のそばやさん『いろは』で美味しい田舎そばを食べました。
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超歯応え系田舎そば!あご疲れた!
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店内は素敵な大正モダーン風。


KYOCERA 230-AF KYOCERA LENS AF 35-70mm F3.3-4.5  / FUJI Venus 400

↑今回初登場の KYOCERA 230-AF もある意味「秘境的」'80カメラです。また後日ご紹介します。
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by sakura-blend | 2010-06-24 03:34 | よしなしごと

10円玉とオーディオ

配達中に、通るたびちょっと気になってたオーディオ屋さんに立ち寄った。
僕はオーディオのことはもうまったくわからないので、店内キョロキョロ。
きっとよいものなのだろう機器が並んでいる。(高そう… くらいしかわからない。)
店主さんがいろいろと解説してくれた。
漠然と疑問に思ってたことにもすっと答えてくれる。
聴き比べやらなにやら、買いもしないのに申し訳ないくらい。
インシュレーターというもののことを教わる。
スピーカーや機器の下に敷くだけで音質の向上が見られるという。
実際に聴き比べしたら、たしかに僕の耳でも違いがわかった。
「10円玉でもいいんですよ」
ハードオフとかで売ってる古いスピーカーとかってどうなんでしょう?といった失敬な質問にも丁寧に答えていただいた。

店に戻って、試しにうちの超安物ミニコンポ(ハードオフで2000円で買ったジャンク)のスピーカーの下に10円玉を3枚ずつ(まずは3点支持が安定がよいと言うので)仕込んでみた。
と・・・ 
気のせいもたぶんにあるかも知れないが、なんだか音がすっきりしたみたい。
いや「気のせい」を計算に入れて考えてもやはりこれはかなりの変化があったようだ。
んん、すごいかも♪
2000円のジャンクオーディオが60円(10円玉×3×2)で3000円くらいの音にはなったナ・・・ 笑

追々もうちょっといい音鳴るようなシステムにしてみたいなぁ。
流れてる音楽も店の一部だからね。
お客さんも気分よくなれる。
今時どうどうとステレオの音出せるなんて、贅沢な立場なのかも知れない。
高級品にはまだまったく手は出ないけれど。
まずはあそこの店で売ってたインシュレーター、今度買って来てみよう。
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by sakura-blend | 2010-05-15 19:39 | よしなしごと